「問いのコミュニティ」開設の背景 Ⅰ
—人間行動編—
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見えなかったものが、
ことばによって見えるようになる。
「問いのコミュニティ」は、
その経験を共有する場として開設されました。
ここで行われるのは、
単一の正しい答えを受け取ることではありません。
ものごとの見方が変わる概念や区分に触れ、
それを自分の場で使ってみることです。
ここでの主眼は、
人類の共通財産であることばを用いて
相手や社会や自然を低く見ることではなく、
概念——それを表すことば——によって
可視領域を増やすことです。
仮に相手を
「敵」や
「面倒な人」や
「共産主義者」と呼べば、
そのことばは、
対象の見方を固めます。
そして、
相手にどう接するかを方向づけ、
関係のかたちを変えていきます。
さらに、その呼び名が共有されると、
敵味方に分かれた状況に対処するために、
制度(ルール)や政策をつくることにも
つながっていきます。
話は個人、集団、組織、市場、国家、公共圏へと広がりますが、
いずれの水準においても、
「ことばと判断」の問題が関わっています。
ここで見えてくるのは、
ある対象をどう名づけるかという行為が、
私たちの認識、行為、関係、制度、政策の
あり方を条件づけている、ということです。
AIによって安価かつ大量にナラティブが生成される。
それがメディアに乗って流通し、
私たちの認知や感情が影響を受ける。
これは、単なる先端技術の話ではなく、
私たちを取り巻く言語環境の急激な変化です。
そこであらためて、
ことばという切り口から、
人間や環境に関わるための場を設けました。
それが「問いのコミュニティ」です。
ことばを切り口にするのは、
ひとは、目で見て、手で触る具体的な日常の他に、
あるとき、そうした具体的な場面から踏み出し、
ことば(概念)を通じて社会像や自然像、
人間や精神のあり方を思い描くからです。
そうすることで、その仕組みを捉え、
その再編成や更新が可能になるからです。
ことばは、
すでに見えているものを表すことができる。
と同時に、
まだ見えていないものを見えるようにもする。
そして、
見慣れたものが違って見えることもまた、
ことばの作用といえます。
あることばを得ると、
それまで見えにくく、
扱いにくかった状態に、
輪郭や構造を与えることができる。
ことばによって、ある区分を得ると、
混ざっていた判断や感情や行為の差が
見えてくる。
「問いのコミュニティ」が扱う
“ことばと判断 ”というテーマは、
日々の生活や仕事の場面にとどまりません。
人間をどう見るか。
社会をどう見るか。
自然や環境をどう見るか。
その見方が、
判断や行為の積み重なりを通じて、
文明社会の行方にも関わっていきます。