言語・文化・社会
名づけによる地球と生命への作用

「問いのコミュニティ」は、名づけが、ものの見方や判断にどのように
作用するかを問い、ことばを受け取る感覚と名づける感覚を養う場です。
本稿は、その問題を、対人関係から文化・社会、さらに地球と生命への
作用にまで広げて捉えています。
なぜ、このプログラムで「名づけと判断」を扱うのか。
その全体像を示す論考として、ここに掲載します。
言語・文化・社会は、生命進化のなかで共進化し、人間の判断と行為を
編成してきた。それらが、制度と技術を介して地球と生命へ作用し、
地質学的・生態学的な力となる過程を論じる。
要旨
生命進化の過程で、言語・文化・社会は共進化してきた。そして、
この三者を介して編成された人間活動が、今度は地球と生命その
ものに作用するようになった。
言語・文化・社会は、相互に増幅しながら形成されてきた象徴的・
累積的・組織的な作用系である。この作用系を通じて方向づけられ
る人間活動は、地球史のなかで新たな地質学的・生態学的な力とし
て現れている。
* * * PDF版
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生命が、自己の外部に進化を蓄積するようになった
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言語は、直接知覚できないものを共同の判断と行為の対象にする
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文化が判断の型を累積し、社会が多数者の行為を編成する
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これは生命進化における相転移に近い
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「地質学的な力」と呼べる理由
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「生態学的な力」としては、さらに直接的である
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言語・文化・社会の共進化
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新しい力の特異性は、自己記述能力にある
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結び
1.生命が、自己の外部に進化を蓄積するようになった
生物は、人類以前から環境を変えてきた。光合成生物による大気組成の変化、
植物による土壌形成、サンゴ礁やビーバーのダムなど、生命は環境へ作用し、
その環境を次の進化条件へと変える。
人類において生じた新しさは、環境改変そのものというより、学習された知識・
技術・慣行を個体の死後にも保存し、世代を超えて累積できる作用系が成立した
ことにある(累積文化)。文化進化研究では、人間が社会的学習と累積文化を
通じて、人工物、技術、実践、信念、制度などからなる「文化的ニッチ」を形成
し、それが次世代の選択環境・学習環境となることが論じられている。
遺伝的進化では、変化は主として生殖を介して継承される。文化的進化では、語、
身振り、模倣、教育、文字、制度、人工物を通じて、生物学的世代より短い周期
で変化が伝わる。
ここで生命は、自己の身体内部に情報を保持することに加えて、身体外部にも情
報を堆積させるようになった、と表現できる。
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道具に技能が堆積する
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言葉に区別が堆積する
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物語に経験が堆積する
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制度に判断が堆積する
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都市に社会関係が堆積する
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技術体系に過去の知識が堆積する
文化とは、この身体外部に形成された継承可能な記憶と実践のシステムでもある。
2.言語は、直接知覚できないものを共同の判断と行為の対象にする
言語によって、人間は目前の対象への反応にとどまらず、知覚の範囲を超えたもの
について思考できる。
過去の出来事、遠隔地、未来の計画、法的権利、所有、国家、貨幣、神、企業、
成長率、二酸化炭素排出量などを共同で指し示し、それを判断と行為の対象に
できる。
この点で言語は、情報伝達の道具という範囲に収まらない。対象を共同の判断の
なかに位置づけ、その意味に応じて異なる行為を組織する作用を持っている。
たとえば、地下にある物質が「石炭」と呼ばれることと、「燃料」「資産」「埋蔵
量」「座礁資産」と呼ばれることでは、同じ物質が異なる判断系列に置かれる。
名づけによって物質そのものが即座に変化するのではない。しかし、その名が採掘、
投資、規制、燃焼、放棄という異なる行為を組織し、結果として大気組成や地層を
変える。
したがって、物質から地球・生命への作用へと至り、その作用が再び名づけや判断
の条件となる、次の連関過程が成立する。
物質
→ 名づけ/区別
→ 認識・判断
→ 行為の社会的編成
→ 制度・技術による実行
→ 地球物質の移動と生命への作用
↺(再び新たな名づけ・判断の条件になる)
つまり言語は、この一連のプロセスの途中に置かれた説明装置ではなく、プロセス
の進み方そのものを方向づけている。
3.文化が判断の型を累積し、社会が多数者の行為を編成する
個人の知識や欲望のみでは、惑星規模の変化は起きない。多数の人間の行為が時間
と空間を超えて接続される必要がある。
文化は、何を望ましいと見るか、何を資源と呼ぶか、どのような未来を構想するか
という判断の型を蓄積する。
社会は、その判断にもとづく多数者の行為を、役割、権限、法律、市場、組織、交
通網、通信網、技術規格などを通じて接続し、相互に調整された集団的な作用へと
編成する。
ここで三者の働きは、次のように分けられる。
言語は、差異を切り出し、名づけ、共有可能にする。
文化は、その名に価値、記憶、物語、行為様式を堆積させる。
社会は、そこに形成された判断の型にもとづく多数者の行為を、役割、権限、制度、
技術を通じて編成する。
この三者が連動すると、一人の身体能力をはるかに超えた力が成立する。鉱山、発電
所、金融市場、国家行政、世界物流、デジタル通信は、多数者の判断と行為を異なる
時間と場所にわたって接続し、持続的な集団的作用へと編成する社会的・技術的な装
置である。
したがって、地球に作用しているのは、単に生物種としてのホモ・サピエンスではない。
対象を名づけ、その名に判断の型を蓄積し、多数者の行為を社会的に編成する生命が、
地球に作用している。
4.これは生命進化における相転移に近い
この変化は、能力が少し増えたという連続的な記述のみでは捉えきれない。
生命進化の長い歴史のなかで、遺伝情報とは異なる継承回路が発達し、その回路が自己
増幅的に拡大した。
生物学的継承
+ 社会的学習
+ 言語的記号化
+ 文化的累積
+ 制度的固定
+ 技術的増幅
この結合によって、生命(現生人類)は、自らの進化速度を上回る速度で環境を変更する
ようになる。
人間の文化的ニッチ構築が、生態環境のみならず、人間自身にかかる選択圧まで変えるこ
とは、文化進化論やニッチ構築論でも論じられている。
つまり、生命は環境に適応する存在であるとともに、自らが適応すべき環境を、文化的に
再編成する存在へ変化した。
その再編成が局地的・可逆的な範囲を超え、大気、海洋、土地利用、生物多様性、物質循
環へ及ぶようになった時点で、文化的な作用系は地球システムの内部変数になった、と言
える。
5.「地質学的な力」と呼べる理由
「地質学的な力」とは比喩に限られない。
人間活動は、堆積物の形成、鉱物や化石燃料の移動、人工物の蓄積、放射性核種の拡散、
炭素循環の変化、侵食と堆積の速度、生物相の変化などとして、地質学的記録として残る。
英国地質調査所も、人間を地質学的作用主体および環境変化の作用主体として扱っている。
ただし、二〇二四年には、「人新世」を正式な地質年代として採用する提案が国際層序委
員会と国際地質科学連合の手続き上、承認されなかった。これは、人間活動の惑星規模の
影響が否定されたという意味ではなく、地質年代単元として境界をどこに定め、どの階級
に置くかという層序学上の判断である。「人新世」は現在も、地球システムや環境変化を
記述する広義の概念として使用されている。
ここで重要なのは、言語・文化・社会それ自体が地質学的な力なのではなく、それらが
人間活動を介して地質学的な力になるという点である。
このことは、より分析的には次のように記述できる。
「 言語・文化・社会は直接地球システムに作用するのではなく、それらが人間の判断と行為
を編成し、その編成された行為が地質学的な力を持つようになった 」。
仮に「人間の行為が、地質学的な力を持つようになった」という記述のみだと、言語・文化・
社会が単なる中間経路に見える。実際には、何を掘り、何を燃やし、何を保護し、何を廃棄し、
どの規模で継続するか——これらの諸行為を方向づけているのは、この三者を通じて形成され
た意味と判断である。
したがって、「地質学的な力」は物理的行為に現れるが、その力の方向、規模、持続時間を
形成する層には、言語・文化・社会がある。
6.「生態学的な力」としては、さらに直接的である
「生態学的な力」という表現には、より広い妥当性がある。
人類は、他の生物の分布、行動、繁殖、進化、絶滅可能性を変えている。農耕、家畜化、都
市化、狩猟、輸送、薬剤使用、保全政策などは、いずれも文化的判断と社会的組織を介した
生態系への作用である。人間のニッチ構築が長期にわたり強度と複雑性を増し、生態系へ広
範な帰結を生んだことは、考古学・生態学研究でも示されている。
人間が生態系を変えると、その変化した生態系が人間の文化と社会へ戻ってくる。
文化的判断
→ 社会的行為
→ 生態系の変化
→ 生存条件の変化
→ 新たな文化的判断 ↺(循環)
文化的判断は社会的行為を生み、その行為は生態系を変化させる。変化した生態系は生存条
件を変え、その変化した条件のもとで新たな文化的判断が形成される。
ここでは文化と生態系が別々に存在して相互作用するというより、相互に相手の条件を形成
している。
7.言語・文化・社会の共進化
言語・文化・社会は、それぞれが独立して成立した後に結合したのではない。言語以前にも、
社会的生活、模倣、道具使用、身振りや音声による記号使用、行動の伝承は存在していた。
社会的生活は学習と伝達の条件をつくり、記号使用の発達は経験を共有できる範囲を広げた。
言語は文化の累積性を高め、蓄積された文化は社会の構造や学習の様式を変え、それらの変
化が再び言語の使用と発達へ作用した。
したがって、言語・文化・社会の関係は、言語から文化へ、文化から社会へと進む一方向の
系列というより、三者が互いの形成条件となりながら変化する共進化として捉えられる。
この運動は、次のように記述できる。
生命
→ 社会性・学習・記号使用の発達
→ 言語・累積文化・社会編成の相互増幅
→ 人間活動の大規模な組織化
→ 地球と生命への惑星規模の作用
この過程で新しく生じたのは、個体が環境へ作用する能力の増大にとどまらない。経験が身
体外部に保存され、世代を超えて累積され、多数者の判断と行為が長い時間と広い空間にわ
たって接続されるようになったことである。
言語・文化・社会の共進化によって、人間活動は個体の生物学的能力を超える規模、速度、
持続性を獲得した。制度と技術はその活動を固定し、反復し、増幅する。その結果、人間活
動は、局地的な環境改変を超えて、大気、海洋、土地利用、物質循環、生物相へ作用する地
質学的・生態学的な力として現れるようになった。
ここで重要なのは、言語・文化・社会のいずれを起点と定めるかではない。三者が相互に形
成され、その結合を通じて、人間活動の方向、規模、速度、持続時間が変化したことである。
生命はこの共進化を通じて、経験を累積し、自らの行為を組織し、その行為の帰結を再び記
述しうる作用様式を獲得した。
8.新しい力の特異性は、自己記述能力にある
この地質学的・生態学的な力は、自らの作用を認識し、記述し、将来を予測し、その作用方
向を変更しうるという点で、従来の自然力とは異なる。
火山は大気を変えるが、自らの噴火を記述しない。
光合成生物は大気を変えたが、その帰結を共同で予測しなかった。
人間社会は、地球の物質的条件と生態系を変えると同時に、自らがそれらを変えていると
記述する。
そして、その記述自体が、政策、技術、投資、生活様式を介して、生命圏を含む地球環境の
次の状態へ作用する。
ここには、次のような再帰的な回路がある。
地球と生命への作用
→ 作用の観測
→ 言語による記述
→ 文化的意味づけ
→ 社会的判断
→ 作用の継続または変更
この自己記述と再編成の回路が、文化・言語・社会を通じて成立した新しい地質学的・生態
学的な力の特異性である。
結び
言語・文化・社会は、生命史の外部に置かれた人間固有の装飾ではない。生命が、経験を身
体外部に保存し、世代を超えて累積し、その蓄積を通して多数の個体の行為を編成するよう
になったとき、地球上に出現した作用系である。
その作用系は、物質を名づけ、名に価値を与え、価値を判断に変え、その判断を制度と技術
へ組み込み、地球の物質循環と生態系を変える。
この意味で、言語・文化・社会は、生命進化のプロセスで地球史のなかに出現した新しい作
用の次元である。
その新しさは作用の大きさに加えて、意味が物質を動かすようになったことにある。もちろん、
意味が物質へ直接作用するわけではない。意味を受け取った人間が判断し、社会的に行為を組
織することで、意味の差異が最終的に、地層、大気、海洋、生物相の差異として現れる。
ただし、自らの作用を記述し理解する能力は、その作用を変更する判断の条件にはなるが、そ
の判断自体ではない。
以上を、生命進化の現局面として圧縮して書けば、次のように記述できる。
生命は、言語・文化・社会を通じて、意味によって自らの生存条件と、生命圏を含む地球環境
を組み替える力を獲得した。
注解|
地球・生命
⇅
制度・技術
⇅
判断・行為
⇅
意味形成
⇅
名づけ/ことば
⇅
言語・文化・社会
▎本稿では、以上の関係網のうち、とくに言語・文化・社会を介して編成された人間活動が、
地球と生命へ及ぼす作用と、その再帰的な関係に焦点を当てた。
▎冒頭の画像は、地球の夜景というより、都市や交通網、居住域など、人類文明の空間的な
広がりが夜間光によって浮かび上がった地球として見ることができる。
本稿は、地球史・生命史のなかに形成された言語・文化・社会の作用系が、文明を介して
地球と生命圏に及ぼす作用を扱う。そのため、この写真を冒頭に掲げた。